熊野関係古籍     熊野古道

熊 野 懐 紙  


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 那智叢書「第十一巻」より

  熊野懐紙現存一覧紙                               

正治二年十二月三日(切目王子和歌会)
 遠山落葉 海辺眺望
後鳥羽上皇
 あきのいろはたにのこほりにとゝめをきてこすゑむな
 しきをちのやまもと
 うら風になみのをくまて雲きえてけふみか月のかけそ
 さひしき
右近衛大将通親
 きりめやまおちのもみちはちりはてゝなをいろのこす
 あけのたまかき 
 あかねさすしをちはるかになかむれはいりひをあらふ
 なみのいろかな
参議左近衛中将藤原公経
 たつた山ふかきこすゑのいろをたにあらしに見するこ
 とのはそなき
 なかめやる心のすゑはくれにけりうらよりおちにうらつ
 たひして
春宮亮藤原範光
 みわたせはきゝのこのはもちりはてゝあきつのやまはなのみなりけり
 いはしろのまつのこまよりみわたせはゆふ日のいろをあらふしらなみ
上五位下上総介藤原朝臣家隆
 ふるさとはまたしくるらしまさきちるみやまのあられいろかはるなり
 いさりひのひかりにかはるけふりかななたのしほやのゆふくれのそら
侍従藤原雅経
 こからしのおとはかよはぬなかめにもうつれはしるしみねのもみちは
 なかめやるこゝろのはてもはれにけりなみのいくへのゆふなきのそら
沙弥寂蓮
 よそにみしふもとのいろとなりにけりかさなる山のみねのもみちは
 なかめやるおきのこしまにくもきえてなみにちかつくみか月のかけ
能登守源具親
 みねとをきあらしもいろにあらはれてしくれしあとはまつのひとむら
 なかめよとおもはてしもやかへるらん月まつなみのあまのつりふね
散位藤原隆実
 やまこゆるあらしもぬさ(幣)やたむくらむもみちゝりくるたまかきのには
 わたのはらなみちはるかにみか月のかたふくかたやあはのしまやま
散位源家長
 もみちゝるやまのはちかきやとならはちりくるいろはにはにみてまし
 なかめやるおきのこしまのゆふけふりいかなるあまのすまゐなるらむ
右衛門少尉源季景
 なをかよふこゝろもさひしかをちやまあらしのゝちはこすゑのみかは
 なにかなきなかめのほとにそらくれておとのみよするよさのうらなみ

正治二年十二月六日 (滝尻王子和歌会)
 山河水鳥 旅宿埋火
後鳥羽上皇
 おもひやるかものうはけ(上毛)のいかならむしもさへわたるやま河の水
 かびやかたよものをちはをかきつめてあらしをいとふうつみびのもと
右近衛大将(源)通親
 たにかはのいわまのこけやおしとりのたまものふねのとまりなるらん
 うつみ火のあたりのみかはかりいをさすかきねのむめも春しらせけり
春宮亮藤原範光
 やまかはのいはうつをとにをとろかていかになれたるおしのうきねそ
 うつみひのあたりはふゆのくさまくらもえいつるはるのけしきなるかな
参議左近衛権中将藤原朝臣公経
 やまかはやいはまのみつのかけとちてこほりにうつるすかのむらとり
 くさまくらあさたつかせもをとさへてなをうつみひのもとはわすれず
能登守源具親
 いはたかハいくせのなみにすみなれてわたれとのこるおしのひとこゑ
 ならひきぬあさたつほとになりにけりあたりによはるよひのうつみひ
右中弁藤原長房
 すみなれぬあちのむらとりさはくなりいしふりかはのなにやおとろく
 うつみひのあたりはふゆそわすらるゝたひのそらにやはるのきぬらん
散位藤原隆実
 やまかけやをちくるみつのせをはやみよとみにつとふあちのむらとり
 くさまくらあくれはさゆるたひのよにまつたちやらぬうつみひのもと
散位源氏家長
 いはたかはわたるせことにたちさはきうきねさためぬかものむらとり
 うれしくもけふりのあとのきえやらてあさたついまもねやのともしひ
右衛門少尉源季景
 すみかぬるおしのこゑのみひまなくてつらゝによはるたにかはのをと
 うつみひのまくらにちかきたひねにははらはぬそてにしもそきえゆく
侍従藤原雅経
 いはたかはいくせのなみをかつくらんたちぬるおしのすゑにおりゐる
 よもすからまきのしたをれかきつめてあさたちやらぬうつみひのもと
沙弥寂蓮
 いはたかはこほりをくたくすゑまてもあはれとおもへをしのひとこゑ
 くさまくらあたりもゆきのうつみ火はきえのこるらむほとそしらるゝ

建仁元年十月九日 (藤代王子和謌会)
 深山紅葉 海辺冬月
後鳥羽上皇
 うはたまのよるのにしきをたつたひめたれみやま木と一人そめけむ
 浦さむくやそしまかけてよる浪をふきあけの月にまつ風そふく
右中将通光
 紅葉ははしくれのみかはたつねいるひかすのふるにいろまさりけり
 おきつかせふきあけのはまにすむ月は霜かこほりかうらのあま人
左近衛権少将藤原定家
 こゑたてぬあらしもふかきこゝろあれや深山のもみちみゆきまちけり
 くもりなきはまのまさこに君かぜのかすさへみゆる冬の月かげ

 山路眺望 暮里神楽
後鳥羽上皇
 ふぢしろや山ぢはるかにみはたせばふもとにつゞくわかのうらなみ
 たちまはるきねがたもとのゆうかぜやうちなびく神のしるしなる覧
右近衛大将通親
 ふぢしろのみさかのそこをながむればなみのはなちるふきあげのはま
 たまがきにきみがみゆきのいろそえてゆふかけてしても神のよりいた
侍従藤原雅経
 ながめゆくふぢしろやまのみねつゞきあらしのおともわかのうらまつ
 いくたびの神のあかずやしめのうちにそでふるきねがふゆかくるこゑ

 古谿冬朝 寒夜待春
上総介藤原家隆
 しもさえてあくるこすゑのくもまよりそのよもわかぬたにのまつかな
 かすむかはゆきけにくもる月かけになをはるをもふあけかたのそら
沙弥寂蓮
 つまきこるむかしのあともしられけりゆきよりおろすたにのきたかせ
 たひねするやまのはさゆるしらくものはなにこゝろをならしそむらむ

 行路氷 暮炭竈
後鳥羽上皇
 あさゆけはひかりまつまのこほりゆゑたえぬにたゆるやまかはの水
 冬くれはさひしさとしもなけれともけふりをたゝぬをのゝゆふくれ
沙弥寂蓮
 たひ人のあさゆくさわのうすこほりむすひかへけるあとそしらるゝ
 みねとほくたちすさみたるけふりかないゑちやおもふまきのすみやき
侍従藤原雅経
 ふゆされやしけきのさはのあさこほりこまうちわたすおとのさむけさ
 くれぬるかやくすみかまのみねのそらけふりをくもとわきやらぬまて
上総介藤原家隆
 ゆくこまのあとにもうとくなりにけりこほりになつむやまかはのみつ
 やとからむしるへともなきすみかまのけふりもつらしみねのゆふくれ

 深山荒 寺落葉
藤原定家
 松風もなべてのいろにふかばこそみやまいでゝのかたみにもせぬ
 てらふかき紅葉の色にあとたえてからくれなひをはらふこがらし

 峯月照松 浜月似雪
藤原定家
 さしのぼるきみをちとせと見やまより松をぞ月のいろにいでける
 くもゆきるちさとのはまの月かげはそらにしられてふらぬしらゆき


   熊野懐紙現存一覧紙
 花色歓色
後鳥羽上皇
 えだをだにふくはる風もならさねばあやなくはなもうれしとやをもふ
散位源家長
 草木までかぜもならさぬあめのしたにおもひひらくる花のいろかな
参議左近衛権中将藤原公経
 ふく風のえだもならさぬ見よなればうれしかるらん花のおもかげ
兵庫頭藤原庸季
 いろをしるきみがみよにとさくらばなおもひひらけん見えわたるかな
皇太后宮進藤原信綱
 おきわたすつゆのめぐみのうれしさにはなのくちびるゑみにけるかな
右中弁藤原長房
 きゞまでもあまねききみのめぐみかなつゆにぞゑめるはなのくちびる
 暁紅葉
侍従藤原雅経
 かねのおともまくらにちかきあらしやまあけなばよそのあきのいろかは
春宮亮藤原範光
 ちゝのあみまつのをやまのしたもみちときはにてらせしのゝめの月
皇太后宮進藤原信綱
 ありあけのこすゑのいろは秋ながら月のしもをてみねのもみぢば
右中弁藤原長房
 ながぬればやましたてらすもみぢかなありあけのつきはほのかなれども
右馬権助源仲家
 うすくこきいろこそみえねもみぢばやたつこのやまのあけくれのそら

 関路暁月
右馬権助源仲家
 このたびのおもいでなりやよもすがら月もながめつすまのせきもり
掃部権助源仲隆
 すまのせきなみぢはるかにながむればさやけかりけりありあけのつ月
散位源家長
 ふわのせきわがおもふかたのながめかなみやこのそらにありあけの月

 初秋月
春宮亮藤原範光
 あきあさしとおもふにつけてめづらしやとをかのころのまだよひの月

 餞遊女
安芸守藤原重輔
 たちいづるなみだのかはにおぶねうけてはるかにくだすたびをしぞおもふ
皇太后宮進藤原信綱
 くれなゐのねやに心をとゞめおきてなみぢにかへるきみをしぞおもふ
散位源家長
 たをやめがおぶねはなみにゆらるともみやこのかぜやまちわたるらむ
散位平家重
 ふねのうちみやこのことやしのぶらんつゞみのをとやなみにまがへて


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